ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 ホーム > 文化遺産 > その他の文化遺産(未指定文化財)

本文

その他の文化遺産(未指定文化財)

記事ID:0002894 更新日:2019年12月23日更新

その他の文化遺産

No. 概 要  
1

安国寺 奥の院(足利尊氏伝説)

 北朝方の足利軍と南朝方の菊地軍とが一戦交えた多々良浜の戦いで、当初、劣勢にあった足利尊氏が嘉麻郡白馬山中に追っ手を逃れ、岩屋に安置されていた白衣観音に祈願したところ、九死に一生を得たという伝承が残っています。
 この後、足利軍は戦いに勝利し、筑前国には尊氏の意向で嘉麻郡の白馬山に安国寺が設置されたということです。
 尊氏が祈願したという白衣観音坐像は、現在、福岡県の有形文化財に指定されています。

安国寺奥の院
2

八反田舟入場跡(秋月藩の米積出し場)

 江戸時代に秋月黒田藩の領地となった上臼井地区には、年貢米を大阪の市場に運び出すための秋月藩の蔵屋敷と舟入場が置かれていました。
 現在、遠賀川沿いの水神社には水運の開通を伝える石碑が残っています。
 碑文には、上臼井村と馬見村の大庄屋が陸運による農民達の苦労を思いはかり、水運の道を拓いたことが記されています。
 舟入場の開設により、夜須方面の年貢米も峠を越えて持ち込まれるようになり、その数3万俵に及んだということです。

八反田水神社
3

お菊大明神(皿屋敷伝説)

 井戸から幽霊があらわれて「一枚、二枚・・・」とお皿を数える話で有名な「皿屋敷」の伝承が上臼井地区に残っています。
 現在、その屋敷跡には、井戸が1基と話の主人公である「お菊さん」を祀った「お菊大明神」があります。
「お菊大明神」にお参りすると、腰から下の病が治ると伝えられています。
「番町皿屋敷」や「播州皿屋敷」をはじめ、全国に「皿屋敷伝説」が残っていますが、話の内容は少しずつ異なっています。
 ここ上臼井地区に伝わる「皿屋敷伝説」の話は、碓井郷土館で見学することができます。

お菊大明神
4

益富城跡(一夜城伝説)

 益富城跡は、中益地区にあり、現在は城山公園となっています。
 益富城は戦国時代に秋月種実の隠居城として、版図拡大のための拠点施設となりました。
 豊臣秀吉の九州出兵により、秀吉と敵対した秋月氏は日向へ移封となりますが、この時、秀吉が占拠した益富城内に一夜にして城を築き、古処山に逃れた秋月氏を降参させたという伝説が伝えられています。
 その後、益富城には、筑前六端城の一つとして元和3年(1617)の廃城まで、黒田家重臣の後藤又兵衛、母里太兵衛が入城しています。

益富城
5

鮭神社(献鮭祭)

 大隈地区にある鮭神社は、鮭を神の使いとして祀る全国でも珍しい神社です。
 献鮭祭は毎年12月13日に行われ、その年に遠賀川で取れた鮭が奉納されます。
 記録では、『筑前国続風土記』の記載が古く、境内の碑文には明和元年(1764)に鮭が奉納された経緯が記されています。

鮭神社
6

芥田のかりがね納め

 「かりがね納め」は、芥田地区で水神祭の納めものとして毎年9月13日に行われている狂言で、室町時代に火災や疫病をしずめるために、丹後の修験者から伝えられたといわれています。
 水神祭で狂言が演じられるのは大変珍しく、貴重な民俗芸能となっています。
 最初は男の子による三番叟が行われ、その次に、「かりがね納め」が演じられます。
 加賀と越前の百姓が都の地頭に貢物を納めに行くという内容で、二人の百姓と地頭の奏者番とのやり取りが滑稽に表現されてます。

かりがね納め

埋蔵文化財
未指定文化財